「医療系分析屋の考察」〜個性とかスピリチュアルとか〜

みなさま、こんにちわ。

もう3月。徐々に寒さも緩んでいるような感じですね。

 

「あー、春だわ〜」と浮かれるかたわら、

TVCMで「アレルギー性鼻炎治療薬」を見かけるようになり。

「花粉の季節きたかー!」と。

 

私は幼稚園の頃、耳鼻科に毎日のように通うくらい鼻炎がひどく、

小学生の頃にはカルテに「花粉症」のハンコを押されていました。

 

もう、数十年も前の話ですよ!

 

大きくなると鼻炎も治っていたのですが、

医療系国家試験の当日の試験中に、ものすごい鼻炎が突然始まりました。

 

試験の間、ずっと鼻をすすっていたので、頭がぼーっとして痛くなって・・・

という状態で試験を終えました。

終わった時にはすっかり具合が悪くなり。

 

こんなに合格の危機を感じたことはありませんでした。

ま、受かっているから今があるんですけどね

 

私は胃がなかったりするので、なるべく内服薬は避けたいところ。

鼻が垂れると耳も弱い私は痛みが出たりするので、

なんとか病院処方のステロイド点鼻薬だけで鼻水を止めて頑張っておりますが、

今年は点鼻薬も使わなくて済むといいなと思ってます。

さて、今日は本業もからめたお話をば。

 

みなさん、「健康」にはとっても関心があると思います。

でね、健康診断とか定期的に通院されている方などが、

気になってしまうものの一つとして「検査のデータ」があると思います。

 

血液検査とか尿検査とかですよね。

 

本屋さんに行けば、「一般の方向けの検査データの本」とかいっぱい置いてありますし、

ネットで検索すれば情報が大量に出てきます。

 

医療機関では患者さんに検査データをお渡しするところもかなり増えています。

 

そして、その検査結果の数字の横に「基準範囲」なるものが書いてあったりするわけです。

それが、我々医療人にとってはあらゆる意味で「クセもの」

 

みなさんも気になりませんか?

極端な話、基準範囲から「たった1だけ」外れていただけでも、

ものすごーく心配になりませんか?

 

ここで「基準範囲」についていくつかお話ししておきますね。

「基準範囲」は、その検査項目の特性、母集団の種類や数や条件などによって

色々な決め方や統計学的処理などがあり、

全てに当てはまりはしませんけれど、基本的なものとして・・・

 

「健常人の95%(ここの%も変わったりします)に当てはまる範囲」

 

ということなんです。

 

ということは、言い換えると

「健常人でも外れる人がいるんですよー」ということ。

 

また、基準範囲を決める時の母集団によっても変化します。

測定法や測定原理、測定機器、測定試薬によっても変化します。

同じ測定原理を用いていても、試薬メーカーが変わればデータも変化する可能性があります。

ですから、本来

「同じ施設で同じ機器と試薬で測定したデータを、時系列的に見て変化を確認する」

ことが必要です。

 

となると、気がつかれる方も多いと思いますが・・・

 

市販の検査データ本に収録されている基準範囲、ネットでの基準範囲が、

お手元にあるご自身の検査データに当てはまらない可能性も十分あるんですね。

 

また、同じ機械で測定しても、

10回測定して全て最後の桁まで同じになるなんてことはあり得ませんし(測定誤差)、

大病院では同じ機械を複数台使って処理能力を上げていますが、

機械には「機器間差」というものが存在するので、わずかなズレが生じます。

 

我々は毎日「精度管理試料」という試料を測定してデータを確認することによって、

機器のクセをモニタリングしたり、

振れ幅が急に大きくなった場合は機器の不具合などの原因を究明しています。

 

患者さんのデータが急に変化した場合は、患者さんの病態変化、機器や試薬の不具合、

検体採取時のミスなどを考えて原因を突き止めています。

 

我々も神経を削って「データの信頼性」を第一に日々業務を行なっているのでございます。

 

というわけで、我々も臨床側も「検査データをどのくらいシビアにみるか」

というのは項目によっても変わってきますし、

「このくらいであれば誤差範囲」というのも頭に入れてデータの評価をしています。

 

で、最初の方でお話ししましたね。

「健常人でも基準範囲から外れる人がいます」

 

皆さんお一人お一人が違うように、検査データも違います。

定期的に測定する機会があって、特に体調が悪かったり疾患があるわけではないのに

「基準範囲」より少し外れているとして・・・

そのデータが「いつもこのくらいで安定している」のであれば、

それが「その方の基準範囲内」ってことなんです。

 

それって「一人一人の個性」と言えます。

 

私は患者さんが情報を知ることは良いことだと考えていますが、

あまりに情報過多な時代となって情報が氾濫してしまっています。

 

「この本にはこうあった。ネットではこう書いてあった。この施設ではどうしてこうなんだ!」とか、

過度に心配される方も多くいらっしゃいますし、

ただ情報だけががあふれてしまっている今の状況は、

一般の方々にとって混乱を招く大きな要因になってしまっているのだろうと。

 

情報がいっぱいありすぎて、何が正しいのかわからない。

医療の知識がないから不安になるんですよね。命に関わることだから余計に心配になるんです。

 

もちろん医師や医療スタッフの説明不足ということもあります。

が、現在の医療現場の状況を考えると、なかなかうまくいかない部分もあったり・・・。

 

なかなか難しい問題だよなと、日々思っています

さて、長々と本業のお話をしてきましたが、

これって他にも当てはまると思うんです。

 

「自分の検査データが基準範囲から外れていても、自分の基準範囲ってものがある」

「基準範囲設定の母集団が変われば基準範囲も変わる」

 

だから、周りと同じじゃなくても、変わっている、逸脱してると言われても、

それは「あなたの個性であって、悪いことでもなんでもない」んです。

別の集団の中に入れば、周りの人たちと同じような性格だったりするんです。

 

一人一人が違う人間なのだから、周りと違っていたとしても、

あなたはあなたのままでいいのです。

比較対象が変われば評価も変化しますから、ジャッジは必要ないんです。

 

そして「わからないから不安になる」

 

「スピリチュアル」という得体の知れないものに対しての感情もそうですよね。

 

でもね、ちょっと考えてみてほしいのですが・・・

「神社にお参りする」とか「困った時の神頼み」とか、

「仏像に祈る・神に祈る」「お盆にはお墓まいりをしてご先祖様にご挨拶」なんて、

普段やってませんか?

 

これって、みなさんの中には潜在的に「目に見えないもの」を感じ、

信じている部分があるということだと思うのです。

 

それでも目に見えなくて得体の知れないものだから、

改めて「スピリチュアル」とか「高次元の存在が〜」なんて言われると、

怪しいと疑ったり不安になったりしてしまう。

 

また「スピリチュアル」に対する悪いイメージができてしまう事件も度々起きていますから、

余計に「スピリチュアル=怪しい」という構図ができているのだと思います。

 

だから検査のことと同じで、

「きちんと理解できれば不安や恐れがなくなる」=「スピリチュアルの世界が受け入れられる」

のではないかなぁなんて思っています。

 

実は「スピリチュアル」はWHO(世界保健機構)憲章の中の「健康の定義」に記されているんですよ。

日本WHO協会へのリンク(健康の定義)

 

正しく理解して正しく使えば、

スピリチュアルは「健康に人生を生きるための素晴らしいツール」だと

私は考えています。

 

関連記事

  1. 先が見えない不安を抱えているあなたへ

  2. 占いは【天気予報】

  3. 「真実」を見極める目を持とう 〜情報過多の時代〜

  4. 本当に好きなことをしていますか?〜仕事と経済的不安

  5. 本当は”今、ここ”という概念も存在しない!?

  6. 感情との向き合い方 〜グリーフケアに思う〜

  7. ”嫌ならやめればいいのに”って言われても・・・〜国立競技場の問題に思う…

  8. 【今日から誰にでも簡単にできる!最強の開運アクション】〜その1

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。